カルチャー・ウォー

<Culture War> 前回の記事で、ドーバーズ・ヒルはナショナル・トラストが管理していると書いた。ナショナル・トラストは、19世紀に発足して以来、自然の景勝地や歴史的建造物などを公共の財産として保護し、広く人々に楽しんでもらうために管理・運営している非営利団体である。行き過ぎた開発や目先の経済的事情に振り回されることなく、国民の貴重な遺産を守り、後世に伝えていくという理念と活動は世界的に評価されてきた。多くの国でイギリスをモデルとした運動や事業体が生まれ、周知のとおり日本でも、1960年代にナショナルトラスト運動が始まり、全国各地に普及している。

この一見して非政治的な文化事業が、現在、激しい論争に巻き込まれている。

ナショナル・トラストだけではない。イギリス国内の博物館や美術館、文化遺産団体、さまざまな彫像や記念碑、地名、施設・組織名、大学の講座、メディアのコンテンツ、果ては一つの村まるごとなど、およそ「文化」や「歴史」に関係する数多くの事業や活動、表現、存在自体が、厳しい批判にさらされているのだ。

理由は広範で複雑だが、批判する側の主張を一言でまとめればこうなる。つまり、上記のような活動は「奴隷制や植民地支配などの歴史の負の側面を無視した白人中心史観の上に立っており、正す必要がある」というのだ。そして実際に多くの団体が、そうした主張を受け入れて、内容を修正したり、なくしたりする動きを見せている。一方、これに対して、「そのような修正や否定は歴史の恣意的な書き換えであり、不当である」と抵抗する反対論も次第に強まっている。

今日の新聞によれば、文化大臣が、ナショナル・トラストを含む歴史文化事業の25の団体を集めて会議を開くことを提案した。歴史の修正の「やり過ぎ」を止めるよう指摘するものになるらしい。一部の学者たちは、政治介入だとしてこれに反発している。(”Don’t airbrush British history, government tells heritage groups“)

歴史観の対立は、どこの国でも、どの時代でも見られ、その意味で珍しいことではない。しかし今のイギリスで起きていることは、きわめて規模が大きく、多種多様な問題を含んでいて、「カルチャー・ウォー(文化戦争)」と呼ぶのがふさわしい。イギリス人でも、黒人でも、旧植民地出身でもない自分もまた、無関係なふりをしてはいられないように感じるので、このブログに少しずつ書き、考えをまとめていきたいと思っている。